お気楽CINEMA&BOOK天国♪

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金はないけど暇はあるお気楽年金生活者による映画と本の紹介ブログ

🔴本「7月24日通り」/吉田修一(新潮文庫)感想*低評価の原因はモテ男に対する僻み?*レビュー3.6点

7月24日通り (新潮文庫) 

7月24日通り (新潮文庫)

【読者の属性によって評価が分かれる作品】

お盆の墓参りも何とか済ませて、ようやくホッと一息。ぼちぼち日常に戻ろうかと思っています。

……で、今回は、書店に行く暇がなかったので、本棚に眠っている本からのチョイス。ちょっと古いですが、男性作家が描く“平凡な独身OLの物語”ってどんなものかと思って選んでみました。

ちょくちょく気になる言葉に出くわして、ハッとしたり、フームと唸ったり、あるあると頷いたり……さすがは芥川賞作家、その洞察力の深さに感心します。

しかし、読後感はイマイチ。若い読者だとヒロインへの共感度は高いのかもしれませんが、個人的には、娘を持つ父親の目線で見てしまうせいか、あまりヒロインに共感できません。

この作品、読者の属性(年齢、性別、環境等)によってかなり印象が違ってくる作品かなと思います。

【あらすじ】

地方在住のOL・小百合は、港の見える自分の街をリスボンの街並みになぞらえることを秘かな愉しみにして、退屈な日々をやり過ごしていた。

そんな折、高校時代の旧友から、陸上部の同窓会の知らせが届く。聞けば、小百合のかつての憧れの先輩・聡史も出席するという。

たいした期待もなく出席した小百合だったが、一段と魅力的になった聡史を見て、彼女の胸はときめく。

しかし、その席に、聡史の高校時代の恋人だった亜希子が現れたことで、小百合の淡い期待は萎んでいく……。

【感想・レビュー】

地味で目立たない地方在住のOLが、それまでの臆病な自分と訣別するために、あえてハードルの高い恋にチャレンジするというお話。

自分の住む街をリスボンの街並みになぞらえて退屈な日常を愉しむ、という発想がユニークですね。ヒロイン・小百合のこういう遊び心はとてもいい感じです。

しかし、読み進めるうち段々と彼女の素の部分も見えてきて、なんだかなぁという気分になってきます。

初告白された相手が自分のなかでランク外の男の子だったという理由でひどく落ち込んでみたり、弟の彼女を同類嫌悪して二人の恋路を邪魔してみたり、分不相応と分かっていながらイケメン男になびいてみたり……うーん、これがフツーなんですかね。幼い頃から“その他大勢”のポジションにいた女の子の屈折した思いというのも分からなくはないけれど、どこか上から目線というか、底意地が悪いというか、そんなところが垣間見えて、ちょっとガッカリです。

しかし、冷静に考えたら、本音のところはみんな似たりよったりかもですね。シニカルに見れば、イジワルな印象もあるけれど、フラットに見れば、正直で不器用な女性なんだろうなとは思います。

ただ、そうは言っても、ラストの小百合の決断は、何か裏切られたような気がして、苦さが残ります。年輩者なら、リスクを承知の上で一歩を踏み出そうとする彼女の決意を称賛してあげるべきなんでしょうが、割り切れない気持ちが先に立って、どうも素直に拍手を贈る気にはなれません。

よくよく考えてみると、これは、小百合に対する失望というより、聡史に対する反感の方が大きいような気がします。その正体が、気に食わない男に娘を盗られる父親の不快感なのか、はたまた、未だに“その他大勢”のポジションにいるオッサンの、モテ男に対する不信感なのかはよく分かりませんが……。

映画化されたとき、小百合役は中谷美紀、聡史役は大沢たかおだったですかね。正直、羨ましい。いいトシこいて情けないけど……やっぱり聡史には腹が立つなぁ。

🔵映画「ダンケルク」/(2017イギリス,アメリカ,フランス)感想*スケールが大きい割には印象が薄い映画*レビュー3.6点

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【イギリスはこの歴史的大敗をどう総括しているのか】

第ニ次大戦初期、ドイツ軍の侵攻により北フランスのダンケルク海岸に包囲された40万の英仏連合軍兵士の大撤退作戦(ダイナモ作戦)を、陸、海、空の三つの視点から描いた映画。

1964年版「ダンケルク」(アンリ・ヴェルヌイユ監督、ジャン=ポール・ベルモンド、カトリーヌ・スパーク主演)のDVDも持っているので、どちらから観るべきか迷ったのですが、基本、新し物好きなので、先ずは2017年版(本作)からということで……。

ちなみに、1964年版と2017年版の外に、もう一つ「激戦ダンケルク/1958英」という映画もあるようです。

イギリスやフランスがこの歴史的大敗をどのように総括しているのか、興味深いところですが、そのあたりは全作観終わった後に見えてくるのかなという気がします。

【あらすじ】

ダンケルク海岸に追い詰められた40万の英仏連合軍兵士を救出するため、度々救助船が海岸へ向かうが、その都度敵の爆撃により船は撃沈され、海岸の兵士にも多数の死傷者が出ていた。

もはや一刻の猶予も許されないなか、空では、イギリス空軍のスピットファイアが地上の兵士を守るため、数的優位に立つドイツ空軍機と熾烈な空中戦を展開し、海では、イギリス政府の要請を受けた多数の小型漁船が兵士を海岸線から救出するためダンケルクを目指す。

官民一体となった決死の救出作戦は、はたして成功するのか……。

【感想・レビュー】

これは評価が分かれそうな作品ですね。「評価する」、「評価しない」、「分からない・何とも言えない」の三択なら、自分は「分からない・何とも言えない」と回答しそうです。

描かれているのは主に、ドイツ軍の爆撃によって海岸線からの脱出がことごとく阻止される様子、スピットファイアとドイツ空軍機との熾烈な空中戦、民間の漁船が兵士救出のため海岸へと向かう様子など。

その間に、小型漁船を操って兵士の救出に向かう漁師、英雄的行為に憧れてその漁船に乗り込む町の若者、イギリス兵に紛れて脱出しようとするフランス兵、そのフランス兵を犠牲にして脱出しようとするイギリス兵、燃料切れを覚悟の上で空中戦を続けるイギリス軍パイロットなど、それぞれの群像劇が映し出されます。

この作品で評価したいのは、名もない兵士や漁民たちを主役に据えているところでしょうか。彼らが身近な存在であるだけに、戦争の不条理性がより一層のインパクトで迫ってくるという部分はあるかと思います(姿の見えない敵の攻撃であっけなく兵士が死んでいく様は不条理そのものです)。

また、台詞が極端に少なく女っ気がないところも、殺伐とした戦場の雰囲気を伝えるのには巧い演出かと思います。

一方、評価し難いのは、桟橋で救助船を待つ兵士の群れや空爆後海岸に横たわる夥しい死傷者などの映像が無機質すぎて、現実感が乏しいところでしょうか。この点は、映像の美しさが逆にリアリティを削いでいる気がしないでもありません。……もっとも、この無機質さこそが戦争の本質、と評価する意見もあるかとは思いますが。

また、撤退のシーンがあっけないところも気になります。いくら漁船が大挙して押しかけたにしろ40万もの兵士の救出には相当な困難が伴ったはず。なのにその模様が省かれているため、エッ、いつの間に?と拍子抜けしてしまいます。何か、先を競って逃げ出した兵士はあらかた死んで、海岸でじっと待機していた大半の兵士は無事救助された、みたいな印象が残るのが残念です。

それに、イギリス空軍もちょっとカッコよすぎますね。燃料切れで戦うなんて、とても史実とは思えないのですが……。空中戦が始まって気を良くした監督が、”リアリティにこだわりつつもエンタメ性も盛り込みたい”という色気を出したように思えなくもありません。このあたりが商業映画の限界かなと思います。

ただ、同じヒーローでも、初老の漁船長は渋いですね。“自分たちの世代が起こした戦争だからその責任は取る”という彼の思いは本物だと思います。

……結局、この映画の主題は、理不尽な戦争(または歴史的大敗)への自戒なのか、あるいはダイナモ作戦の参加者へのリスペクトなのか、どっちなんでしょう。全くのエンタメ映画でもなく、かといってドキュメンタリータッチの映画でもなく……そのあたりのスタンスの曖昧さが、冒頭の「分からない・何とも言えない」という評価に繋がっているのだと思います。

🔴本「巡る桜 上絵師 律の似面絵帖」/知野みさき(光文社時代小説文庫)感想*なんだろう?この居心地の良さは……*レビュー4.2点

巡る桜: 上絵師 律の似面絵帖 (光文社時代小説文庫)

巡る桜: 上絵師 律の似面絵帖 (光文社時代小説文庫)

【人の情が身に沁みる】

書店でたまたま「上絵師 律の似面絵帖」シリーズの第四弾となるこの本を見かけまして……律ちゃんの後見人を秘かに自認する爺様としては、見過ごす訳にもいかず……ということで、早速読んでみました。

律ちゃんは相変わらずいい子ですねぇ。正直で思いやりがあって、不器用ながらもいつも一所懸命。彼女のその一途さ、ひたむきさが大好きです。香ちゃん、千恵さん、類姐さん、涼太に今井先生と、周りもいい人ばかりで、気持ちがほっこりします。

このシリーズのセールスポイントは、何と言っても、律ちゃんのひたむきさと下町人情の温かさですね。

で、今回は、弥吉や六太らの子どもたちが活躍し、たっぷり泣かせてくれます。やっぱり人の情ってありがたいものです。

【あらすじ】

片手間で始めた似面絵(似顔絵)の依頼はそこそこあるものの、本業の方は実入りの少ない巾着絵ばかりで焦りを覚える律。涼太との仲も思うように進展しないなか、ようやく念願の着物絵の注文を受けるが、「早く、安く」と条件を付けられ、なかなか筆が進まない。

そんな折、涼太の店で商品に古茶が混じるという騒動が起き、店は客離れによる経営危機に晒される。涼太の働きでどうにか客足が戻るようになった頃、更なる難題が。涼太に二つの縁談が舞い込んだのだ。

一つは得意先の大店の娘、もう一つは商売敵の主の姪。どちらも店の将来を思えば良縁なのだが……。

【感想・レビュー】

行先の見えない恋に心揺らしながらも職人としての誇りを胸にひたむきに仕事に打ち込む律。律への想いを遂げるためにも一日も早く店を切り盛りできる器量を身に付けたいと奮闘する涼太。そして、そんな二人を温かく見守る周囲の人たち……。

このシリーズを読むと、何だか自分も神田相生町長屋の一員になったような気がして、気持ちがフッと和みます(長屋の衆から”よっ、ご隠居!”なんて声をかけてもらえたら、嬉しいだろうなぁ)。

長屋の住人たちの隣近所への気遣いや大人たちの子どもたちへの慈しみがあまりに温かいので、田舎育ちの自分としては、郷愁を感じるというか、古巣に帰ったような気分になるんでしょうね(もっとも、律の隣家のおかみのようなお節介オバサンが近所にいたら、煩わしくはありそうですが……)。このアットホーム的“居心地の良さ”がこのシリーズの特長かなと思います。

……で、今回は、以前ほどドラマチックな事件はなかったような気がします。ただ、それはそれでよし。律とその周りの人たちの日常の悲喜こもごもを丹念に掬い取ることで(市井の人々の生きる悲しみとかささやかな幸せといった)人の営みの実相を浮き彫りにしている感じがして、かえって好印象です。

今回も途中まで律と涼太の仲は一進一退。終盤ようやく涼太が男気を見せてくれたので、後見人の爺としても一安心ですが、無事祝言を挙げるまでには、もう一波乱、二波乱はありそうです(焦れったいなぁ。でも、時代が時代、しかも身分違いの恋だから仕方ないのかも)。

今回の主役は弥吉と六太ですね。身寄りのない弥吉を巡って、奉公先の主と、弥吉の妹・清の養父とが親権?争いをする場面は人情噺の極めつけ。母親を亡くしたばかりの涼太の店の奉公人・六太が飛騨の隠居・古屋と親子の契を交わし、文のやり取りを約束する場面も強く心を揺さぶります。“たとえ血は繋がっていなくても身内になれる”という律の言葉は本当にそのとおりだなと思います。

このシリーズは疲れたときの癒しの一冊。やっぱりこの居心地の良さは何とも言えません。

🔵映画「女神の見えざる手」/(2016フランス,アメリカ)感想*ジェシカ・チャスティンの圧倒的な存在感*レビュー4.4点

女神の見えざる手 [Blu-ray]

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【凄まじい展開力に口があんぐり】

銃規制法案を巡る孤独なロビイストの捨身の闘いを描いた傑作サスペンス。

つい最近、銃擁護派の最大の圧力団体である全米ライフル協会(NRA)が存続が危ぶまれるほどの深刻な財政危機に陥っている、という報道記事を読みました。

アメリカも変わりつつあるんでしょうか。

銃を持つ権利はアメリカ人のアイデンティティや憲法に深く関わる問題なので、余所者がとやかく言うべきではないのかもしれませんが、それでも3億丁もの銃がフツーに流通している現状はとてもマトモとは思えません。

そもそも“銃には銃を”という思想の根本にある人間不信(他人は信用ならないという考え方)が悲しいというか、貧しいというか。“汝の隣人を愛せよ”と説く宗教を信奉しながら、他人を怖れて銃を持つ、という矛盾にどう折り合いをつけているのか、一度銃擁護派の方に聞いてみたいものです。

現実的には、銃の廃絶は核の廃絶と同じくらい難しいのでしょうが(銃の保持も核の保持も思想は同じ)、人間は決して愚かな存在ではないと証明するためにも、少しずつでも規制が進んでいくことを期待しています。

……ということで、この映画も銃規制の機運の醸成に一役買ったのでしょうか。そのあたりはよく分かりませんが、議会の内幕やら議員とロビイストの関係やらがかなりリアルに描かれているので、問題提起にはなったのかもしれませんね。

こういう社会派ドラマがハリウッドの真骨頂だと思います。今日的なテーマを扱った重厚な作品でありながら、エンターテイメント性を失わないところもさすがですね。ハリウッドの底力を改めて痛感した一作です。

【あらすじ】

大手ロビー会社に籍を置き、数々の依頼を成功に導いて政界やマスコミからも一目置かれる存在の政治ロビイストのエリザベス。

その辣腕ぶりに目を付けた銃擁護派団体は有力議員を通じて、彼女に銃規制法案の廃案に向けた工作活動を依頼する。

これを断ったエリザベスは、会社と対立。僅かな部下を引き連れて、銃規制派の小さなロビー会社に転職し、銃規制法案の可決に向けた活動を開始する。

エリザベスの奇策が功を奏し、形勢は次第に優位に転じていくが、巨大な権力と豊富な資金力を持つ敵陣営も黙っていない。

スタッフが命の危険に晒され、自身のスキャンダルも暴かれて、形勢は一気に敵陣営へと傾いていく。

はたして満身創痍のエリザベスに起死回生の一手はあるのか……。

【感想・レビュー】

なんて刺激的で濃密な132分でしょう!久し振りに時間を忘れて見入ってしまいました。これは文句なしですね。大人の鑑賞に耐え得る映画です。

まずヒロインのキャラクターが凄い。勝利至上主義で、勝つためには手段を選ばない冷酷非情の女、エリザベス。敵を罠に嵌めるのは常套手段、味方でさえ平気で欺き、その挙句、”たとえ仲間であっても利用できるものを利用しないのは仕事に対する義務の放棄”なんて平然とうそぶく、まさに制御不能の危険な女です。

しかし、勝利だけが生きる目的のエリザベスが、何故か銃規制に関しては、勝ち目の薄い擁護派に回ります。とてもお近付きにはなりたくない女というイメージが出来つつあったタイミングでのその決断に、“善い行いをする”という彼女の良心が覗いたような気がして、ちょっとホッとします(……劇中、ソクラテスのエピソードが出てきますが、これは、彼女の決断を『大切なのは、ただ生きることではなく、善く生きることだ』と言い残して死んだソクラテスになぞらえているんでしょうか?)。エスコート業の男を金で買うあたりも彼女の深い孤独を際出させて、憐憫の情も湧いてきます。

こんなアンチ・ヒーローの難しい役どころを見事に演じ切ったのが『ゼロ・ダーク・サーティ』のジェシカ・チャスティン。この演技はアカデミー賞級の怪演ですね。存在感がハンパないです。アイアン・レディというかハンサム・ウーマンというか、日本式に言ったら鉄火場の姐御といったところでしょうか。ヒールの音をカツカツ響かせながらオフィスを闊歩する姿のカッコいいこと!思わず見惚れてしまいます。

脚本と演出も素晴らしいですね。丁々発止のかけ合いが息を呑むような緊張感を生み出し、“すばやく考え、決断し、行動する”ロビイストのイメージをよりリアルなものにしています(……あまりにテンポが速くて最初は戸惑いますが、次第に圧倒されます)。

逆転、逆転、また逆転の手に汗握る展開もエンターテイメントとして申し分なし(まるでチェスの達人の完璧な詰め手順を見ているかのよう)。久し振りに本物のサスペンス映画を観た気がします。

🔴本「dele ディーリー」/本多孝好(角川文庫)感想*期待以上でも以下でもないけれど、安定の面白さ*レビュー3.8点

dele (角川文庫)

dele (角川文庫)

【ヤバいデータはお早めの削除を】

誰にでも墓場まで持って行きたい秘密の一つや二つはあると思います。本人がそれを胸の裡に秘めている限りは、死んでしまえばそれまで、永遠の秘密になる訳ですが、それをパソコンやスマホにデータとして残している場合はどうでしょうか。たぶん、死ぬに死ねないって気分になるでしょうね。

そこで、“死後、そんな曰く付きのデータを本人に代わって削除します”という男たちが登場する、という訳です。

確か、絲山秋子の『沖で待つ』も似たようなモチーフだったと記憶していますが、この作品はデータの削除をビジネス化しているところが現代的というか、目新しい感じがします。

【あらすじ】

死後、誰にも見せたくないデータを本人に代わってデジタルデバイスから削除する、というビジネスを請け負う「dele.LIFE(ディーリー・ドット・ライフ)」。その所長・圭司とたった一人の社員・祐太郎が、依頼人の秘密のデータを覗いたことから遭遇するミステリアスな事件の数々とその真相を描いた連作小説。

収録されている五つのエピソードのなかで最も印象に残ったのは、『ドールズ・ドリーム』。

《ドールズ・ドリーム》 

「dele.LIFE」の事務所を訪れた男が、何やら所長の圭司に詰め寄っている。死期の迫った妻が“死後に削除してほしい”と依頼したデータを、夫である自分に見せてほしいというのだ。

しかし、圭司は、依頼人との契約上見せられないと突っぱねて、男を追い返す。

契約の履行のため依頼人の死亡確認に当たった祐太郎は、夫婦の間に幼い娘がいることを知る。娘は、入院中の母に自分のピアノ演奏を録音し、毎日それを聴かせているという。

父娘の身の上に同情した祐太郎は、圭司に対し、残された者のためにデータを見せてやるべきだと強硬に主張し、圭司はしぶしぶこれを受け入れる。

しかし……依頼人が指定した『T.E 』とタイトルが付けられたフォルダの中身は空っぽだった。

『T.E』というタイトルは何を意味しているのか。フォルダはなぜ空だったのか。母親の死後、圭司と祐太郎が辿り着いた真実とは……。

【感想・レビュー】

本の帯によると、この連作集、山田孝之・菅田将暉主演でドラマ化され、今、絶賛?放送中みたいですね(テレビはほとんど見ないので)。たぶん、圭司役が山田孝之、祐太郎役が菅田将暉だと思うのですが、原作のイメージとドンピシャのキャスティング。あまりに違和感がないので、むしろ当初からこの二人をイメージして書かれた小説では、と勘ぐってしまうほどです。

小説の出来としては、正直、期待以上でもなく以下でもないといったところですが、『ドールズ・ドリーム』と『ストーカー・ブルーズ』はいいですね。

『ドールズ……』は幼い我が子に対する母親の深い情愛を、『ストーカー……』は底辺暮らしの兄に対する妹の、肉親ならではで複雑な想いを描いたものですが、どちらも悲しくはあるけれど、それ以上に希望とか救いを感じる物語です。この二作だけで十分元は取れるかなと思います。

作品全体の印象としては、ストーリー運びが本当にうまい作家だなぁと感じます。二転三転の展開は最後まで読者を飽きさせないし、ストンと腑に落ちる結末も見事です。

物語のキーマンは祐太郎。見かけと物言いは典型的なチャラオくんですが、実は人の痛みが分かる昔気質の人情家(亡くなったお祖母ちゃんの教育の賜物ですね)。常に弱者の側に身を置く彼の優しさがこの作品のバックボーンになっているように思います。で、ミステリー系の小説なのに、テイストは人情小説といった感じです。

理性的な圭司がやんちゃな祐太郎に徐々に感化され、結局、毎回データを開けてしまうところとか、祐太郎のお節介がちょっとウザいところとかは(ツッコミを入れたくはなりますが)、まぁ、ご愛嬌ですかね。

祐太郎の妹の死の真相や圭司の過去、圭司の父の秘密などがまだ明らかになっていないので、たぶん続編があるんだろうと思います。アンチテレビ派の私としては、ドラマ化された時点で続編への興味は薄れていますが、ただ、祐太郎と遙那(妹の幼馴染)の関係がどうなるのかは、ちょっと気になるところです。

🔵映画「メッセージ」/(2016アメリカ)感想*“瞬間、瞬間を大切に生きること”、それがこの映画のメッセージ*レビュー4.1点

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【未来が見える人生に意味はあるか?】

いやぁ、手強い作品ですね。他のジャンルの映画と比べてSF系の映画は元々ややこしいのが多いんですが、これは極めつけかも。

その上、この作品、SF映画の装いなのにヒューマンドラマ、女性映画、スピリチュアル映画として観ても違和感がないというボーダーレスの映画なので、尚更頭の整理が難しく、視聴後は、時間、空間、言語、思考、人生、愛などの言葉が脳内でループして、とりとめもない想念に囚われます。

一度観ただけで感想を語れるほど生易しい作品ではないのですが、かといって繰り返し観るほど人生に余裕がある訳でもないので……勘違いの点は悪しからずご了承を。

【あらすじ】

突如世界の12か所に出現した巨大な飛行体。謎の知的生命体との交信を図るべく軍に雇われた言語学者・ルイーズは、物理学者・イアンや軍の責任者・ウェーバー大佐らと共に飛行体に乗り込み、彼らとの意思の疎通を試みる。

彼らが地球に現れた目的は何か?各国は様々な手段で情報を得ようとし、やがて一部の言語の解析に成功する。

しかし、それが極めて危険な単語であったため、猜疑心を募らせた各国は、続々と飛行体に向け宣戦布告する。

緊迫する状況のなか、ルイーズはついに彼らの言語を理解し、そのメッセージを受け取る。彼らは人類の未来のために贈り物を届けに来たのだった。

彼らの贈り物とは何か?ルイーズは人類対知的生命体との戦争を食い止めることができるのか?そして……彼らとの出会いはルイーズの人生に何をもたらしたのか?

【感想・レビュー】 

なぜこの映画が分かりにくいのか。それは、過去・現在・未来といった時間の概念がない知的生命体の思考(言語)を、観る側が、因果律で時系列的に把握しようとするからだろうと思います。

観る側は、彼らの言語を唯一人理解できるルイーズを通してそのメッセージを把握することになりますが、彼女自身が彼らの言語の影響を受けて時間の概念がなくなっているので、その思考の前後関係が非常に分かりにくい構造になっているのです。

例えば、ルイーズを度々襲う幻覚。当初はデジャヴかフラッシュバックのような過去の記憶の再現かと思っていたんですが、知的生命体の言語をマスターしたルイーズは彼らと同じように未来が見えるようになっているので、状況的に、あの幻覚は未来の記憶ということになるんですね。ふーむ……なんだか分かったような分からないような。

それともう一つ分かりにくいのがこの作品の主題。これも当初は、“突然目的不明の宇宙人が目の前に現れたら、人類は戦うのか、静観するのか、逃げるのか”だと思っていたんですが、その主題は徐々にルイーズの内面の葛藤に収斂し、やがて“(未来や運命が予知できるとしたら)人はどう生きるべきか”というものに変容していきます。その極めて外的なものから極めて内的なものへの主題の変容がこの作品の意図を一層分かりにくいものにしている気がします。

この映画の原作は、アメリカ人作家デッド・チャンの短編小説「あなたの人生の物語」。映画も原作のイメージを最大限尊重していると見えて、かなり文学的趣向の強い仕上がりになってるように思えます。

(自信はないけど……)この作品のメッセージは二つ。一つは、人類の共存……人類の滅亡を防ぐためには国の垣根を超えた結束が必要ということでしょうか。もう一つは、生きることの意味……自分の未来や運命を予知できるとしたら人生は生きるに値するか、と問うているんでしょうね。たぶん、そんなトコだろうと思うのですが……。

ただ、二つ目のメッセージは、“自由意思は物事の結果に影響を及ぼさない”という決定論的立場(人は運命には逆らえない?)を前提としたもののようなので、あまりポジティブとは言えないのですが。この映画から終始寂寞とした印象(寂寥感や諦観)を受けるのは、きっとそういう思想が底流にあるからなんでしょうね。ラストのルイーズが見せる、まるで何かを悟ったような物静かな表情(希望も絶望も超越したような表情)はまさにそのことを体現しているように思えます。

これは、難解ではあるけれど、力強くて美しく知的な作品。映像と音響のクオリティの高さが強く印象に残ります。

主演はエイミー・アダムス。過酷な運命を受け容れて、生きる希望を束の間の幸せに求める女性・ルイーズを完璧に演じています。一方、ホークアイ(アベンジャーズ)のジェレミー・レナーは、ほぼ見せ場なく終わって存在感ゼロ。やっぱりこれはSFの皮を被った女性映画なのかもしれませんね。

🔴本「つよく結べ!ポニーテール」/朝倉宏景(講談社文庫)感想*野球少女のひたむきな想いに涙する一冊*レビュー4.2点

つよく結べ、ポニーテール (講談社文庫)

つよく結べ、ポニーテール (講談社文庫)

【ひたむきな想いの強さと美しさ】

ポニーテール……学生の頃、ポニーテールでジルバ(古っ!)を踊るキュートな女の子を見て以来、ポニーテールは永遠の憧れ、「ポニーテール偏愛論」でも書いてみようかなと思う位のアブない思い入れがありますw

ということで、タイトル買いの一冊(ほとんど条件反射!)。

しかし、蓋を開けてみると……これは良書です。ヒロインのひたむきな想いに胸を打たれて、泣けました。

いくつになっても本から学べること、本から得られるものって大きいですね。そうしみじみ思い知らされた一冊です。

【あらすじ】

両親の心配をよそに、プロ野球選手を夢見て日々トレーニングに励む熱血野球少女の真琴。

小学校時代、キャッチボールが縁で同級生のタクト君と仲良しになり、中学時代は、男子に交じって野球部に所属、少しずつピッチャーとしての可能性を広げながら、野球少年の龍也や美術部の雫らと親交を深めていく。

そして、タクト君との約束を胸に強豪野球部を擁する高校へ進学。しかし、待ち受けていたのは厳しい現実だった。

体力のない真琴は、練習についていくのが精一杯、試合に出るチャンスももらえず、ほとんどマネージャー扱いに。そんな真琴をいつも温かく見守り、さり気なく気遣うチームメイトの龍也……。

二人の距離は徐々に縮まっていくが、そんなときに、野球部で前代未聞の不祥事が発生する。そして、その影響でチームの結束は乱れ、真琴もいわれのない誹謗中傷を浴びて追い詰められていく。

それから6年……真琴はついにプロ野球公式戦のマウンドに立つ。その姿を見守る龍也や雫らの胸に去来する想いとは……。

【感想・レビュー】

プロ野球選手を目指す一人の野球少女の小学校時代からプロのマウンドに立つまでの成長の軌跡を描いた青春小説。

幼い頃から真っ直ぐで心優しい真琴。貧しい母子家庭の子・タクト君との束の間の交流は、切ないけれど強く心に残ります。真琴から将来の夢を聞かれて、“立派なおとなになりたい”と答えるタクト君。いじらしくて涙が出そうです。

この世界に在る、“本当に善いもの”、“本当に美しいもの”に触れることなく育った子どもは不幸だと思います(それは、信じられるものがないことを意味しています)。そして、タクト君もその一人。しかし、彼は真琴と出会ったことで変わります。たぶん彼女の美しい心に触れて、信じられるものが現に在ることを知ったんだろうと思います(そう考えてみると……暴走族の少年たちは、“星を見に行ってるんだ”と思いたいところです)。

その後、10年の時を経て再会した二人。この場面は、歳月を経てもなお色褪せない想いがあることを信じさせてくれる、本作最高の名場面だと思います。

つい我が身を顧みて、自分は真琴のように人に優しくして来れたんだろうか、タクト君がいう立派なおとなになれたんだろうか、といった思いに駆られ、忸怩たる思いがします。子どもって純粋なだけに教えられることが多いですね。

……といっても、タクト君以外の男どもはほとんどしょうもない奴ばかり。この本を途中何度か挫折しかかったのはそのせいです。真琴に対するネットの誹謗中傷も理不尽極まりなくて、(安全なところから他人を叩きまくる昨今の風潮を思い出して尚更のこと)、ひどくムカつきます。

この物語は、真琴と龍也の回想が交差する形で進行しますが、龍也というキャラにあまり魅力がないだけに「龍也23歳」の章は必要なかったような気がします。むしろ真琴とタクト君の関係をメインにした方がよかったように思えるのですが……。

と、なんだかんだ言ってますが、これも真琴への想い入れの強さゆえ。途中の閉塞感がひどかっただけに女子プロリーグに入ってからの真琴の活躍は気分爽快。読後感がなんとも心地良くて、読んで良かったと素直に思える一冊でした。

蛇足ですが……物語のイメージが漫画『野球狂の詩』とカブってしまいました。映画化されたとき、ヒロインの水原勇気を演じたのは木之内みどり(懐かしい!)。彼女の線の細さは漫画のイメージとぴったりでしたが、真琴はもう少し開けっぴろげで逞しいイメージですね。実写化の際には、稲村亜美ちゃん辺りで検討してもらえると嬉しいなぁなんて思っていますw