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🔴本「遠くの声に耳を澄ませて」/宮下奈都(新潮文庫)感想*雲間から差し込む一筋の光を見るような小説*レビュー4.2点

遠くの声に耳を澄ませて (新潮文庫)

遠くの声に耳を澄ませて (新潮文庫)

【凛として潔いヒロインたち】

旅をモチーフにした12の物語。

テクニカルな部分では、物語の登場人物が別の物語で再登場する趣向が面白いですね。物語ごとに場所や時間軸の設定が異なっているので、それぞれの登場人物をより多面的に理解することができ、各篇の関連性にも興味が湧いて、(この工夫によって)読む愉しみもグンと増しているような気がします。

ストーリーとしては少し重たい気はしますが、フッと心が軽くなるような結末がいかにもこの作家らしいですね。雲間から差し込む一筋の光を見るような小説だと思います。

いつもながら宮下奈都の世界は、清潔感があって優しいですね。

【あらすじ】

“旅”をきっかけに新たな一歩を踏み出そうとする女性たちの姿を描いた、12のハートウォーミング・ストーリー。

『クックブックの五日間』や『ミルクティー』も好みですが、一押しは『アンデスの声』。

《アンデスの声》 

ずっと働きづめだった祖父が倒れた。慌てて病室に駆け込んだ瑞穂に祖父は「キト」と呟く。

それは、幼い頃瑞穂が祖父の膝の上で聞かされた懐かしいお伽噺の街の名前だった。続けて祖父は「ベリカードを全部お前にやる」と言う。

帰宅して祖母からベリカードを見せてもらった瑞穂は、キトが架空の街ではなく、エクアドルの首都であることを知る。そして、そのカードがキトのラジオ局から届いたものであることも。若き日の祖父母は、キトのラジオ番組のリスナーだったのだ。

高い山と、抜けるような青空と、甘い香りを放つ赤い花。それは瑞穂にも幽かに見覚えのある風景だった……。

【感想・レビュー】

ヒロインは人生の岐路に立つ女性たち。テーマは“自分らしくあることの大切さ”でしょうか。タイトルにある「遠くの声」って、普段は気づくことのない、自分の内面の深いところにある原体験であったり、幽かな記憶であったり、本当の想いであったり……そんなものを指しているんだろうと思います。

旅のカタチは、空想の旅、傷心の旅、放浪の旅、二人旅、出張の旅、帰郷の旅……など様々。自分らしくありたいと、旅をきっかけに古い殻を脱ぎ捨て、新たな一歩を踏み出そうとする女性たち。その姿が凛として潔く、女性の強さとかしなやかさが強く印象に残る一冊です(何かを決意したときの女性って、本当に美しいなぁと思います。ちょっと怖いけど)。

一押しの『アンデスの声』で描かれるのは、カードを眺めることで地球の裏側の美しい街を旅する若き日の祖父母と、二人の仲睦まじい姿に想いを馳せる孫娘。どこにも旅行したことがなかった祖父母の豊かな旅の記憶に触れて満たされていく孫娘の想いがしみじみと伝わってきて、なんだか幸せのお裾分けをもらったような気分になる一作です。

また、20頁にも満たない短編なのに、時空を超えた広がりのようなもの(ちょっと大袈裟かもしれませんが)が感じられるところもこの短編の醍醐味だろうと思います。それはたぶん“永遠に変わらないもの”(例えば憧れだとか愛だとか)が描かれているから、という気がするのですが。……いずれにせよ、時間と場所の隔たりを超えて、誰か(世界)と想いが繋がっているという感覚はなんとも心地よいものですね。

良い小説とは、“これしかないという言葉で創造された完璧な宇宙”のこと。『アンデスの声』は、改めてそのことを確認できた一作かなと思います。