お気楽CINEMA&BOOK天国♪

お気楽CINEMA&BOOK天国♪

金はないけど暇はあるお気楽年金生活者による映画と本の紹介ブログ

🔴本「麻雀放浪記1 青春篇」/阿佐田哲也(文春文庫)感想*“朝だ〜、徹夜だ〜”の阿佐田哲也が描く異色のピカレスク・ロマン*レビュー3.9点

麻雀放浪記〈1〉青春篇 (文春文庫)

麻雀放浪記〈1〉青春篇 (文春文庫)

【ザ・昭和の香り】

ルールを覚えたら身の破滅……そんな自己防衛本能が働いて、麻雀は結局覚えずじまい(その分パチンコにはハマったけど……アホですね)。

この作品、配牌図まで示してあってかなり親切なんですが、残念ながら何が何やらチンプンカンプン。でも、麻雀が分からなくても十分面白い小説です。

主題は玄人(バイニン)と呼ばれる雀士たちの生き方。文字通り生き残りを賭けて勝負に挑む彼らの暗い情念と負の熱量にただただ圧倒されます。

【あらすじ】

昭和20年10月、終戦直後の上野のドヤ街で、「ドサ健」のチンチロリン(サイコロ賭博)の技に魅せられた「坊や哲」は、一気に博打の世界にのめり込み、様々な玄人(バイニン)たちと出会って麻雀の技やイカサマの腕を磨く。

そして数年後……坊や哲は、「ドサ健」「女衒の達」「出目徳」という凄腕のバイニンたちとの因縁の対決に挑む。

互いの思惑が交錯する中、運(ツキ)と勝負勘を頼みに、持てる技の全てを駆使して死闘を繰り広げる無頼の男たち。そして、いよいよ勝負の大勢が決しようかという時、思わぬアクシデントが発生する。

この死闘の果て、彼らは何を得て、何を失うのか……。

【感想・レビュー】

カジノ、競輪、競馬、パチンコといったギャンブルの鉄則は、“胴元が勝つ”ということ。

そんな当たり前のこと、誰だって分かってるんですが、負けると分かっていても止められないのがギャンブルの怖さ。身を滅ぼすかも、という恐怖心が時として快感になるんだから、依存症からなかなか抜け出せないのも分かる気がします。

で、麻雀はどうなんでしょうか。この小説では、バイニンが素人をカモるためにあえて勝ったり負けたりの勝負をする場面が登場しますが、その点から察すると、麻雀は他のギャンブルと比べて技術の作用する領域が大きいということが言えそうな気がします。それに胴元が介在しない、人間相手のゲームだし……そういった意味では、麻雀は一番勝ちが計算しやすいギャンブルなのかもしれませんね(素人考えですが)。

……ということで、本題に戻ります。作者は昭和4年の生まれ。坊や哲が見た、戦争で焼け野原となった上野の街やそこで暮らす人々の姿は、作者がリアルタイムで体験した光景をそのまま投影したものなのでしょう。生き延びるのに必死で他人のことなど構っていられなかった時代……坊や哲がドヤ街で出会ったドサ健、出目徳、女衒の達、上州虎らバイニンの面々(ニックネームがザ・昭和!)は、この時代が生み落とした鬼子のような存在に思えます。

彼らの麻雀は、遊び感覚のギャンブルではなく、生き延びていくための博打。裏切りやイカサマなんて当たり前、騙すより騙される方が悪いという価値観が支配する世界です。その凄まじさは、ドサ健に裏切られた坊や哲に対するクラブのママ・ゆきの『この世界の人間関係は、ボスと、奴隷と、敵と、この三つしか無いのよ』という一言に言い尽くされている気がします。

彼らの生き方には、善悪の彼岸にある人間の業とか本能の匂いがして、底無しの闇を覗くような恐ろしさを感じます(なんせ賭金が尽きたら家の権利証とか付き合ってる女まで賭けるんですから完全な性格破綻者、ゲスの極みです)が、一方で、“負けたら終わり”の刹那の勝負に全人生を賭けて、野垂れ死にも厭わないその苛烈さに憧れを感じるのもまた正直なところです。

“保険もセーフティネットもなし、一切は自己責任”というギリギリの生き方が、苦労知らずの身からしたら、逆にカッコよく映るのかもしれないし、どんな生き方も許容(あるいは放任)されていた自由な時代への憧れもあるのかもしれませんね。

作者によれば、登場するバイニンたちにはそれぞれモデルがいるとのこと。70数年前の焼け野原の日本に実際こんな人たちが生きていたことを想うと隔世の感があって、感慨深いものがあります。