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🔴本「静かな木」/藤沢周平(新潮文庫)感想*老作家の匠の技が光る、渋すぎる短編集*レビュー4.2点

 静かな木 (新潮文庫)

静かな木 (新潮文庫)

【これぞ匠の技、見事な職人芸】

藤沢周平というと、自分の中では、作家というより職人というイメージですかね。

この作品集もどこかしら“名工の手による優れた工芸品”を彷彿とさせるものがあります。

渋く落ち着いた印象のなかにも軽妙で爽快な味わいがあって、まさに自在の境地に遊ぶ匠の技を見せられているかのようです。

ようやく人生を俯瞰して見られる年になって、今まで以上に藤沢作品の良さが分かってきたような気がします。

特に還暦前後の方にとって、身に沁み、心に沁みる作品集かと思います。

【あらすじ】

舞台は東北の小藩、海坂(うなさか)藩。勘定方を退いて隠居の身となった布施孫左衛門。城下の寺に立つ欅の大木に我が身を重ね合わせて、過ぎし日のことや来たるべき老境に想いを巡らす日々を過ごしていたが、そんな平穏な日々も、城中で近習組勤めをしている二男、邦之助の不始末によって突然掻き乱される。

邦之助が、孫左衛門のかつての上司であり、仇敵である鳥飼郡兵衛の息子と果たし合いをするというのだ。

孫左衛門は、果たし合いを阻止すべく、一計を案じて、鳥飼郡兵衛の屋敷を訪れるのだが……(『静かな木』)。

外、一匹の飼い犬を巡る岡安家の嫡男とその友人の騒動、それを見守る岡安家の人びとの心境を描いた『岡安家の犬』、隣藩との境界争いの調停を任された小心者の下級役人の交渉の顛末を描いた『偉丈夫』の二篇を収録。

【感想・レビュー】

『人生の半分は厄介事。残りの半分はそれを片付けること』……確か映画「八月の鯨」にそんなセリフがあったような。

どんなに心穏やかな日々を望んだとしても、人は生きてる限り苦労から逃れられない。でも、苦労を乗り越えた先には喜びもある。それが生きるということ……この老作家が伝えたかった想いはそんなところでしょうか。『生きていれば、良いこともある』という孫左衛門の締めの一言にその想いが凝縮されているような気がします。

本作が作者最晩年の作ということを考えると、そういう心境なり心映えがこの作家が苦労の末に辿り着いた境地なんでしょうね。人生の哀歓や人情の機微を描き続けた作家らしい到達点だと思います。

作品はどれも味わい深いものばかり。泰然、飄々とした佇まいの十左衛門や孫左衛門の内面の滔々とした気概や細やかな愛情が端正な文体の端々から滲み出ていて、趣きがあるというか、風情があるというか。彼らの巧まざるユーモアにも作家の遊び心が感じられ、その軽妙さがこの短い物語に一層の広がりと奥行きを与えているような気がします。

同じ隠居の身としては、願わくば十左衛門や孫左衛門のように清廉に潔く生きていきたいと思ってはいるのですが……“小人閑居して不善をなす”……幾つになっても目先の欲に囚われて、なかなかそれも難しいようです。この作品を、そんな自分への戒めとしたいと思います。