🔴本「捨ててこそ空也」/梓澤要(新潮文庫)感想*苦難の時代を生きた空也上人の魂の遍歴……今の時代にこそ読まれるべき一冊*レビュー4.2点
【今の時代にこそ読まれるべき一冊】
これは力の籠った良作。真面目で良質、しかも史実にフィクションがほどよくブレンドされた、面白くてためになる小説です。
主役が法然上人でも親鸞上人でもなく、ちょっとマイナー?な空也上人というところもいいですね。
空也上人の生涯に真正面から向き合った力作、という印象で、作家の真摯な創作姿勢も好感が持てます。
【あらすじ】
時は平安朝中期、空也は醍醐天皇の皇子として生まれるが、母子ともに天皇の寵愛を受けられず、母は自殺、空也は都を出奔し、流浪の旅に出る。
度重なる天変地異、飢饉、疫病等によって民衆が疲弊、困窮する様を目の当たりにした空也は、井戸掘りや橋の架け換え、捨てられた遺骸の火葬などの社会活動を手助けしながら、“自分は何者か”、“自分は何をなすべきか”と絶えず自らに問い続け、仏門に入る決心をする。
西国から坂東へとひたすら生きる意味を探し求め諸国で厳しい修行に励んだ空也は、36歳の時、京都に戻り、念仏によって極楽浄土を願う浄土思想を広めようと志す。
“念仏を唱えれば悪人も救われる”と説く空也の教えは当初民衆の反感を買うが、町辻でひたすら念仏を唱え、井戸を掘り、乞食をして貧民に食を与えるなど民衆のために尽力する空也の姿を見た民衆は、次第に彼の教えに心を寄せていく。
やがて、空也は京の人々から「市聖(いちのひじり)」と称えられるようになる……。
【感想・レビュー】
わが国で最初に念仏の教えを説いた仏教者・空也の波瀾に富んだ生涯を描いた歴史小説。
仏教思想に造詣がないとなかなか書けない小説かと思いますが、たいしたものですね。仏教(浄土宗)のエッセンスが随所に分かりやすく披瀝されていて、勉強になりました。
この小説の一番の魅力は、空也に尽きると思います。特に、常に貧しい民衆の中に身を置く、という空也の信念に心惹かれます。
我欲や執着まみれの自分のような凡夫には空也のような清貧の生き方は到底難しいだろうなとは思いますが、昔こんな偉大な先達がいたんだと知っただけでも、何だか誇らしく思えて、これからの励みになるような気がします。
“捨ててこそ空也”というタイトルは、利他(無私)の精神を表したものと読み取れますが、いいタイトルですね。このタイトルが彼の思想や人となりを最も的確に言い表しているように思えます。
ただ惜しむらくは……総じて脇役の魅力が乏しいところでしょうか。この作品では、フィクションとして平将門とか少年期の親友・猪熊との親交が描かれていますが、この二人、フィクションのキーマンとしては人物の掘り下げが不足していて、物足りなさが残ります(空也と名もなき民衆との交流はとても感動的に描かれているのですが……)。
……貴族階級とその他の貧しい庶民層とに分断されていた当時の時代状況は、富裕層と貧困層に分断されつつある現代社会と何となく似ているような気がします。それ故、空也の利他(無私)の精神は貴重です。他者への優しさであったり、思い遣りであったり、空也からわれわれが学ぶべきことは決して少なくないように思います。