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🔴本「雪冤」/大門剛明(角川文庫)感想*人はどこまで自己犠牲ができるのか?いろいろ考えさせられるミステリー*レビュー3.9点

雪冤 (角川文庫)

雪冤 (角川文庫)

【社会派小説としてはよく出来た小説】

第29回横溝正史ミステリ大賞受賞作。

死刑制度と冤罪という重いテーマに正面から取り組んだ社会派ミステリー。

作者の想いが籠もった力作です。ただその想いが強すぎるためか、ストーリーが膨らみすぎて、肝心の終盤がゴチャゴチャした印象を受けます。ミステリーとしては、そこが惜しいところかなと思います。

【あらすじ】

15年前、京都で男子学生と女子学生が殺される。逮捕されたのは、二人の音楽仲間の京大生・八木沼慎一。慎一は公判で一貫して無罪を主張するが、最高裁で死刑が確定する。

慎一の父・八木沼悦史は、息子の冤罪を晴らすため、弁護士の石和と共に、再審請求に必要な新たな証拠の捜索に奔走するが、手掛かりは一向に摑めない。そんな折、殺された女子学生の妹・菜摘に、真犯人を名乗る人物、メロスから電話が。メロスは菜摘に、真犯人しか知り得ない秘密を暴露する。やがて、メロスは、悦史にも、自首の条件として5000万円の対価を要求する。一方、慎一の死刑執行は刻一刻と迫っていた……。

【感想・レビュー】

この小説で最も印象的だったのは、死刑囚である慎一の獄中からの手紙の一節。

……「(私は)死刑執行を国民の義務とすべきと考えているのです。具体的には死刑執行ボタンをネット上で国民全員が押すのです」

……「死刑について、もっと国民は考えるべきであって、その責任を自ら負うべき……国民一人ひとりが自分で考えることで民主主義国家としてより一歩先に進める」。

こうした慎一の主張は、多少乱暴ではありますが、死刑制度や民主主義の本質を突いているように思います。確か、“裁判を裁判官に丸投げするお任せ民主主義では真の民主主義は定着しない”という問題意識が裁判員制度導入の発端だったと記憶していますが、彼の主張はこの考え方と軌を一にするものです。裁判員制度の導入に伴い国民の司法参加が義務化(権利でもあるのですが)されたことによって、国民一人ひとりの当事者意識や共同体意識が高まっていけば、確かに(慎一の言うように)民主主義国家としてより一歩先に進めるのでしょう。……近い将来、そういうふうになれば喜ばしいのですが。

この小説では、死刑制度の是非についての作者の結論は示されていませんが、本文中、様々な角度からのアプローチや議論がなされています。本当に難しい問題ではありますが、自分の考えと比較しながら(批判的な視点で)読んでいくと、より考えが深まるかと思います。

そういった意味では、いろいろ考えさせられる有意義な小説だと思います。

ただ、ミステリーとしては、腑に落ちない点が少なくありません。無実を信じて奔走する父親、死刑制度に一石を投じる決意をした弁護士、大切なものを守るため命を懸ける息子。この小説は、そんな彼らの覚悟を描いています。父親の覚悟は十分理解できるのですが、弁護士と息子の覚悟は私には到底理解できません。たぶんこの小説の重要なモチーフとなっている『走れメロス』の“自己犠牲”になぞらえているんだろうと思いますが、彼らの覚悟は余りに観念的かつ非現実的です。そこにリアリティが感じられないところがこのミステリーの一番の難点かなと思います。また、ストーリーが妙にややこしい点も気になります(登場人物が必要以上に多いのが一因かも)。そして、ラストのどんでん返し✕2。なんかゴチャゴチャした感じがして、これはやり過ぎだろうと思います。

……ということで、ミステリーとしては多少不満は残りますが、社会派小説しては(ちょっと重たいけれど)メッセージのハッキリした、オリジナリティのある作品かと思います。