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🔴本「たゆたえども沈まず」/原田マハ(幻冬舎)*2018本屋大賞ノミネート作品その3*感想&レビュー4.1点

たゆたえども沈まず

たゆたえども沈まず

【天才画家の内面に肉薄した力作】

開高健が愛した名句『漂えど沈まず』は彼自身のオリジナルかと思っていましたが、語源はパリ市の紋章に刻まれたラテン語だったんですね(Fluctuat  nec  mergitur……セーヌの荒れ狂う波の中にあっても、舟のようにたゆたい、決して沈まないシテ島からインスピレーションを得た船乗りたちのまじないの言葉だとか)。

マハさん?の日本語訳は『たゆたえども沈まず』……こちらもなかなかいい響きです。

【あらすじ】

19世紀末、売れない画家フィンセント・ファン・ゴッホは、流浪の果て、パリの画商である弟テオドルスの元に転がり込む。世に認められず不遇をかこつ兄と、兄の才能を信じ、献身的に支え続ける弟。そんな兄弟の前に、浮世絵を引っ提げてパリの美術界に華々しく登場し、一躍“ジャポニズム”ブームを巻き起した日本人画商林忠正とその助手加納重吉が現れる……。

浮世絵に導かれた4人の親密な交流を描いて天才画家ゴッホの壮絶な人生に迫る渾身のアート小説。

【感想・レビュー】 

アンリ・ルソー(『楽園のカンヴァス』)、ピカソ(『暗幕のゲルニカ』)の次は、ついに19世紀美術界の“ラスボス”、ゴッホの登場です(満を持して、という感じがします。やっぱりゴッホは大物感がありますね)。

ゴッホと林忠正という、同時代のパリに実在した二人。この小説は、もし彼らに接点があったとしたら、という想像の元に書かれたフィクションです。ただ、ゴッホが、浮世絵の影響を受け、日本に強い憧れを抱いていたという史実を基にすれば、確かにこの二人の間に何らかの接点があってもおかしくないような気がします(むしろない方が不自然かも)。その点に着目してリアリティ溢れる作品をモノにしたマハさんの想像力と創造力はさすがだなあと思います。

作品自体の出来については、個人的には、『楽園のカンヴァス』>『たゆたえども沈まず』>『暗幕のゲルニカ』の順かなあと感じます。この作品、マハさんの魂が籠もった真面目な力作という印象で好感度は高いのですが、史実の縛りがあるためかドラマ性が乏しく、読んでいて退屈を感じないでもありません。また、『暗幕のゲルニカ』と同様、同じ情景のリフレインが何度かあって、多少くどくも感じます。物語のキーマンとなる林忠正がそれほど魅力的でないのもマイナス要素かなあと思います(僭越ながら……もっと“稀代の風雲児”のイメージを前面に押し出せば、もう少しストーリーが膨らんだのではと思うのですが)。

……つらつらと辛口コメントを並べてしまいましたが、決して期待外れというわけではありません。“ゴッホとがっぷり四つに組んで闘いたい”と言わんばかりのマハさんの意気込み(ゴッホ愛)がひしひしと伝わってくる作品であり、その点はとても好印象です。やはりパッションの画家ゴッホの内面に肉薄するにはこれくらいの気魄が必要なのでしょうね。また、読了後に再び冒頭のページに戻ると、より一層物語の興趣が増すという構成の妙も見事だと思います。

ついあれこれ言ってしまうのは、たぶん『楽園のカンヴァス』以来の熱烈なファンゆえの心理なのでしょう。彼女の作品に関しては、知らず知らずのうちにハードルを高くしているのかもしれません。