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🔴本「猫」感想*名文に浸る贅沢な時間が過ごせる猫哲学の本*井伏鱒二、谷崎潤一郎他(中公文庫)レビュー4.4点

猫 (中公文庫)

猫 (中公文庫)

【名文に浸る贅沢な時間】 

大正・昭和の猫愛好家の小説家、洋画家、評論家、物理学者、民族学者らによる猫にまつわる随筆集。

これは立派な猫哲学の本。ゆったりとした時間に味わう名文は至福のひととき。

【感想・レビュー】

有馬頼義、猪熊弦一郎、井伏鱒二、大佛次郎、尾高京子、坂西志保、瀧井孝作、谷崎潤一郎、壺井栄、寺田寅彦、柳田國男らのそうそうたるメンバーによる猫愛溢れる名随筆集。

これまで猫については、“超然として媚びず、気まぐれで恩知らず”といったイメージがあってあまり好きになれなかったのだが(どちらかと言えば犬派)、この本を読むと、何となく“猫もいいかも”なんて思えてくるから不思議だ。

谷崎潤一郎の犬と猫についての考察がなかなか面白い。

『犬はジャレつく以外に愛の表現を知らない。無技巧で単純です。そこへ行くと猫は頗る技巧的で複雑味があり、甘えかかるにも、舐めたり、頬ずりしたり、時にツンとすねてもみたりして、緩急自在頗る魅惑的です』……なるほど、猫派ならではの視点だろうと思う。

また、寺田寅彦の猫の個性、存在に関する考察も面白い。

『此のような小動物の性情に既に現はれて居る個性の分化が先ず私を驚かせた。物を云わない獣類と人間の間に起こり得る情緒の反応の機微なのに再び驚かされた。さうして何時の間にか此の二疋の猫は私の目の前に立派に人格化されて、私の家族の一部としての存在を認められるやうになってしまった』……猫を単なる愛玩物としてではなく、個性を持った家族として捉えているところが、興味深い。彼ら猫愛好家に共通するのは、まさにその点で、彼らは人と猫との関係を、主従関係ではなく、同族意識或いは家族意識の内に捉えているフシがある。中には、坂西志保のように、猫を主と仰ぎ、猫に仕えるのを無上の歓びとする愛好家さえいる。そこが主従関係を旨とする犬愛好家との大きな違いなのだろう。

そういった猫学的な面白さもさることながら、猫をこよなく愛した作家たちの悲喜こもごもの思いが愚かしくも微笑ましく、その点がこの随筆集の一番の読みどころだろうと思う。とりわけ、猫のいたずら、家出、出産、臨終などに際し、彼らが示す純粋で温かい愛情は、じわりと心に沁み入るものがある。猫を題材にした本は数多くあるが、世の猫愛好家たちの気持ちをこれほど上手く代弁している本はそうはないだろう。

猫好きには当然オススメだが、たとえ猫好きでなくても、名文の滋味を味わいたい、或いは贅沢な時間を過ごしたいという人には、十分読む値打ちのある一冊。クラフト・エヴィング商會(吉田浩美、吉田篤弘による制作・装丁ユニット)の新章『忘れもの、探しもの』の趣向も斬新で面白い。