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🔴本「武曲」感想*武道の真髄に触れる剣豪小説*藤沢周(文春文庫)レビュー4.0点

武曲 (文春文庫)

武曲 (文春文庫)

【武道の真髄に触れる剣豪小説】

剣道に魅入られた男たちの成長と再生を描く現代版剣豪小説。圧倒的筆力で描かれる立ち合いシーンが圧巻。

【あらすじ】

剣道に挫折した矢田部研吾は、アルコール依存で失職し、今は、警備員をしながら高校剣道部のコーチを務めている。

ある日、彼は、剣道部員から無理矢理竹刀を持たされ、試合を迫られている青年を目に止める。

青年の名は羽田融。高校2年生で剣道未経験の融が繰り出した破れかぶれの「突き」に、殺人刀と恐れられた父の面影を見た矢田部は、融に剣道の手解きをする。

それまでヒップホップに夢中だった融は、剣道部に入部し、次第にその天賦の才能を発揮し始めるが、矢田部の強さを知れば知るほど、普通の剣道に飽き足らなくなり、彼との「斬るか斬られるか」の真剣勝負を強く望むようになる……。

【感想・レビュー】

ジャンルはスポーツ小説なのだろうが、剣道をスポーツと呼ぶのはいささか躊躇がある。

柔道は国際化に伴い、すっかりスポーツ化してしまったが、剣道は未だ、心の修行或いは精神の鍛錬といった求道的色合いが濃く、本質はあくまで「武道」というイメージがある(仮にこれから剣道が国際化を果たしていくとしても、この精神性は失ってほしくないと思う)。

本作はそんな武道の真髄を極めようとする現代の剣豪たちの物語。

濃密な文体の長編、しかも主人公(矢田部)の抱える闇が重たくて、読者としてはかなりシンドイものがあるが、仕合い(試合ではない!)の描写が圧巻で、ついつい急くような気持ちで頁を捲ってしまう。

対峙する矢田部と融の烈迫の気合、竹刀を構えての無心無我の境地、そして一瞬交錯する竹刀と竹刀、と同時に発せられる『面!』と『小手!』、離れて残心の構え……うーん、これは凄い。緊張感が半端ない。

鍛え抜かれた肉体と肉体、技と技の一瞬の激突を、これだけ濃密かつリアルに描いた小説は、そうはないのでは。

アルコール依存からなかなか抜け出せない矢田部には正直イライラさせられるが(剣士にしては余りに心が弱すぎて素直に共感できないのが難点か)、救われるのは矢田部の師、光邑禅師の存在感。剣道の達人にして禅寺の高僧。全てを見透かす眼力を備え、性格は少々お茶目で豪放磊落と、とても魅力的な老師だ。作者はたぶん“剣禅一如”の具現者として、このキャラクターを用意したのだろう。

もう一つの魅力は矢田部に刺激を受け、すっかり剣道にハマってしまった融の存在。ヒップホップに夢中な高校二年生、という設定は、天性の“殺人刀”の使い手という評価とのギャップがありすぎて、少々現実感は乏しいが、いかにも今風でオシャレではある。

矢田部と融の真剣勝負を通じて剣道(武道)の本質を深く追求した現代の剣豪小説。高みを目指す彼らの姿は、眩くもあり、清々しくもある。