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🔴本「悪童日記」感想*戦禍をしたたかに生き抜いていくさまを描いた傑作(反戦)小説*アゴダ・クリストフ(ハヤカワepi文庫)レビュー4.5点

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)

【恐るべきピカレスク・ロマン】

魔女と呼ばれる祖母のもとに疎開した幼い双子の兄弟が、悪魔的天才ぶりを発揮して、戦禍をしたたかに生き抜いていくさまを描いた傑作(反戦)小説。

【あらすじ】

舞台は第二次世界大戦下のハンガリーと思しき国の田舎町。

戦争が激化し、双子の「ぼくら」は、小さな町に住むおばあちゃんのもとに預けられる。その日からぼくらの過酷な日々が始まった。おばあちゃんは、とてもけちんぼうで、働かないと食事も出してくれない。

ぼくらは、生き延びていくために心と体を鍛え上げながら、自分たちを取り巻く非常な現実をありのまま日記にしるすことにする……。

【感想・レビュー】

戦争、飢餓、貧困、殺人、安楽死、倒錯した性、民族差別、大量殺戮等の度し難い負のテーマを扱っていながら、陰々滅々たる気分に陥ることなく、むしろカラリとした痛快ささえ感じてしまうのは何故だろう。

双子の兄弟は、生き抜くための知恵として、理不尽な現実を一切の感傷を排除して直視しようとする。そういった反感情的、反主体的な目で世界を見渡すと、悲劇が悲劇でなくなるということなのだろうか。実際、彼らは、両親の死に眉一つ動かさない。

ただ、戸惑うのは、そういう彼らが、決して非人間的でも非倫理的でもないところ(倫理の有り様は大人の常識とはだいぶ異なっているが)。

彼らの倫理は、人の偽善や欺瞞を許さない。彼らが心を許すのは、強欲だが自分を偽らないおばあちゃん、極貧生活の中でひたすら男を求める“兎っ子”、善良で親切な将兵ら。偽善の象徴のような神父は軽蔑の対象ですらないし(おそらくモノと等しい存在なのだろう)、ユダヤ人を愚弄した神父の女中は彼らの殺害の対象にさえなっている。

しかし、何という子どもらしい、きっぱりとした倫理だろう。彼らの言動の不思議な説得力に、自分のこれまでの(安っぽい)常識やヒューマニズムが消し飛ばされてしまいそうな気がして、戦慄する。と同時に、痛快でもある。

この恐るべき双子の人格は、少し大袈裟かもしれないが、「罪と罰」のラスコーリニコフ、「異邦人」のムルソーと比肩しうる、文学による新しい人格の創造といってよいのではないかと思う。

本作は、安逸を貪る大人たちへの挑戦状のような小説。その毒気に当てられて、しばらく言葉が出ない。

……それにしても、戦時中はナチスドイツに占領され、戦後はソ連に蹂躙されたハンガリーの現代史は悲運の一語に尽きる。かの国の人々の無念は察するに余りあるが、その代償としてこのような傑作が生まれたのだと考えると、少しは救われる。