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🔴本「感傷コンパス」*安らかで心地好い余韻に包まれる佳作*多島斗志之(角川文庫)レビュー4.0点

感傷コンパス (角川文庫)

感傷コンパス (角川文庫)

「教師と生徒たちのふれあいを描いたドラマ」というふれこみに弱い。特に小学校低学年モノには滅法弱い。読書の原体験が「二十四の瞳」だったからだろうか。それとも映画「あの子を探して」や「すれ違いのダイアリーズ」の影響か。……で、つい条件反射で購入。

【あらすじ】

昭和30年の春、都会の実家を出て三重県伊賀の山里の分校に赴任した新任教師明子は、純朴な子供たちに温かく迎えられ、少しずつ教師としての仕事や村の生活に馴染んでいく。そんな中、野生児のような少女朱根だけは、誰とも打ち解けず、奔放な振舞いで周囲を困らせていた。明子はそんな朱根に心を痛め、折に触れ手を差しのべようとするのだが、朱根は心を開かない。やがて、朱根は誰もが驚くような事件を起こしてしまう……。

【感想・レビュー】

本作は、里山の美しい自然の中で育まれる新任教師と子供たちの交流や、心に傷を抱えた大人たちの再生の姿を、温かい眼差しで描いた物語。

一言で言えば、とても感じのいい作品。ジャンルとしては、いわゆる「泣ける本」に分類されるのだろうが、最近よくある「泣きのツボを心得た作家の泣かせ本」と違って、あざとさや卑しさがなく、ごく自然に物語に入り込めて、素直に登場人物の気持ちに寄り添える、そんな親しみを感じる作品。それはたぶん、登場人物に過度に感情移入しない、作家の抑制的態度(又は作家的良心)に由来するものだろう。

 本作の主役は、やはり子供たち(……感受性豊かな明子先生の魅力も捨てがたいが)。鼻つまみ者の朱根に都会っ子の豊がさり気なくラムネ菓子を手渡す場面、少し大人びた級長の雪枝が母の眉墨でこっそりと眉を描く場面、物静かで内気な房代が家を訪ねてくれた明子先生をいつまでも見送る場面……どの場面にも、子供たちの素の感情が滲み出ていて、ついつい目頭が熱くなる。

里山の自然描写の美しさに加え、オート三輪、チャンバラ映画、ラムネ菓子、夏祭りの夜店のアセチレン・ランプなどの懐かしい小道具も昭和を偲ばせて郷愁をそそるが、この作品は、昔も今も変わらない人の絆の美しさを描いたもの。昭和を知らない若者にもきっと受け入れられると思う。

読後は、安らかで心地好い余韻に包まれる佳作。