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🔴本「残業税」/小前亮(光文社文庫)〜リアルなシミレーションのお仕事小説〜レビュー4.0点

残業税 (光文社文庫)

残業税 (光文社文庫)

【リアルで真面目なお仕事小説】

国あるところ税あり、税あるところ脱税あり……これは神代の昔からの鉄則のようです。この小説は、誰もありがたいと思わない“税”と、その“税”の徴収に使命感を燃やす税務署職員にまつわるお話です。

同じ税務署職員を扱った『トッカン-特別国税徴収官-/高殿円』と比べると、この小説は、良くも悪くも、かなり硬派(硬質)な感じがします。

【あらすじ・感想・レビュー】

過剰労働の抑制とデフレ解消を目的として導入された時間外労働税(通称“残業税”)。時間外労働があった場合、その割増賃金の2割を労使折半して国に納めるというこの制度の導入によって、残業は劇的に減り、社会環境も大きく様変わりしたが、一部の企業では依然としてサービス残業という名の脱税や労基法違反が後を絶たなかった……この小説は、そうした一部の悪徳企業(経営者)の摘発に当たる残業税調査官(税務署職員)と労働基準監督官(労基署)コンビの涙ぐましい奮闘を描いたリアルなお仕事小説。

あらすじを読んだだけで、硬いなあと思われる方もおられるかと思います。もともとテーマが硬い上、文体も硬質なので(論理的で明晰な文体ですが)、読み始めは少々ヘタれます。一方、残業税導入の経緯や導入後の社会的影響、長時間労働の弊害などの描写が驚くほど具体的で、(シミレーションと分かっていても)つい“これって近々あり得るかも”という気にさせられます。この圧倒的なリアリティがこの小説の最大の特長だろうと思います。

内容について敷衍すると、ひたすら職務に忠実な残業税調査官矢島と熱血体育会系の労働基準監督官西川の取り合わせ自体は悪くはないと思うのですが、第一話までは、矢島のシニカルで愛嬌のないところや西川の無駄に熱いところが鬱陶しくて、正直、投げ出しそうになりました。しかし、第二話、第三話と読み進めるうち、徐々に矢島の好ましい部分が見えてきて、物語への興味も増していきます(……西川のキャラだけは最後まで馴染めませんでしたが)。別れた妻に対する矢島の未練も切ないものがありますが、泣かせるのが矢島と小学生の娘との月1回の面会の場面です。このくだりは、娘と離れて暮らす父親なら誰しも涙するところだろうと思います。娘の存在が仕事の唯一のモチベーションという彼の気持ちは痛いほどよく分かります。

矢島へのシンパシーが増すにつれストーリーも面白くなって、段々と小説らしい小説になっていきます。クライマックスの矢島&西川コンビと悪徳経営者の虚々実々の駆け引きと白熱の応酬は、(長時間労働の犠牲者の発生、メディアの税務署叩きといった)シチュエーションがリアルな分、臨場感や緊張感は格別です。

この小説、リアルでユニークな設定、終盤のスリリングな展開などの面白味に加えて、(自分の誇りを賭けて奮闘する矢島の姿を通して)仕事に向き合う姿勢とか使命感といったものを教えられる、真面目なお仕事小説だと思います。