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🔴本「木洩れ日に泳ぐ魚」/恩田陸(文春文庫)感想*男のズルさと女のしたたかさ*レビュー3.7点

木洩れ日に泳ぐ魚 (文春文庫)

木洩れ日に泳ぐ魚 (文春文庫)

【男のズルさと女のしたたかさ】

主な登場人物は2人だけ。物語は、章ごとに男の視点と女の視点が入れ替わる形で進行します。

終始漂う不穏な空気に息苦しさを感じ、早く解放感を味わいたい一心でついつい頁を捲る手が早くなる、そんな緊張感に満ちた小説です。

【あらすじ・感想・レビュー】

舞台は、空っぽになったアパートの一室。別れを決意した若い男女が、山で死んだある男について、互いの腹を探り合いながら、夜通し語り明かす。そして、辿り着いた事件の真相と互いの過去の秘密……。若い男女が遭遇した事件を契機に移ろい行く恋の顛末を描いた濃密な心理劇。

密室というシチュエーションといい、含みのある台詞回しといい、スリリングな展開といい、まるで舞台劇でも観ているかのような小説です。たった2人だけのやりとりなのに、よくもまあこれだけ厄介で面妖な心理戦が描けるもんだと感心します。腹の探り合いから本音の応酬へとヒートアップしていく過程の緊張感、全ての謎が(まるでパズルのピースが一つ一つ埋まっていくように)少しずつ解けていく過程の面白味、男女の心境が微妙に変化していく過程の説得力……やっぱり恩田さんはうまいなあ、と思います。

……しかし、男ってどうしてこんなに分かりやすいんでしょうか。“逃げ出したいのに未練たらたら”という男のミエミエのズルさに思わず苦笑してしまいます。一方、女は逞しく、したたかです。そして、その能力は修羅場になればなるほど発揮されるように思います。

……ということで、世の賢明な男性諸君は、この小説を読んで、女性の洞察力の鋭さ(いわゆる女の勘というやつ……怖いのは、その勘がほとんど外れないこと)と、一旦腹を括った後のブレない覚悟をよくよく肝に命じておくべきです。“知恵も度胸も女には敵わない”、男はこの諦めが肝要かと思います。

この小説の難点と言えば、緊張感や閉塞感が長く続く割にはラストの解放感が乏しいところでしょうか。そのため、読後、疲労感が残ります。また、女の口を借りて語られる作者の恋愛観も、一面の本質を突いているとはいえ、言わずもがなのところもあって、少し安っぽい感じがしないでもありません。もっとも、これは“抜き差しならない恋”などすっかり疎遠になった年寄りの言い草ですから、若い人ならまた違った感想になろうかと思います。感性は人それぞれ。人によって受け止め方が違うのも、小説の面白さであり、人の面白さだと思います。