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🔴本「犯罪」/フェルディナント・フォン・シーラッハ(創元推理文庫)*ミステリーというより優れた心理小説と呼ぶべき作品*レビュー4.4点

犯罪 (創元推理文庫)

犯罪 (創元推理文庫)

【心の謎に迫る極上の心理小説】 

ドイツの刑事弁護人の著者が実際の事件を素材として、罪を犯す人間たちの複雑な心理を描いた11の連作短編集。

【あらすじ】

どの短編も優れているが、最も後味が良いのは最終話『エチオピアの男』。

……幼い頃から悲運の境遇にあったミハルカは、人生を変えるため、ハンブルクで銀行を襲撃し、エチオピアに逃亡するが、そこで彼が目にしたものは、ドイツと同じゴミ溜めのような光景だった。

彼は絶望し、田舎のコーヒー農園で倒れるが、親切な村人たちに助け出される。

やがて、彼は村人たちのコーヒー農場を手伝うようになり、皆から信頼され、結婚して子を設け、人生で初めての幸せを味わうのだが、そんなある日、かつての銀行強盗の容疑で、遂にドイツの捜査当局に連行されてしまう……。

【感想・レビュー】

世界の不条理に翻弄され、一瞬の魔に魅入られて異様な罪を犯した人間の心理を、刑事弁護人の“私”の視点で淡々と追った作品集。

どれも短い小品ながら、エッセンスが濃縮され、しかも物語に広がりと奥行きがあって、短編のお手本のような作品ばかり。これは凄い、と唸ってしまう。

何より感心するのは、簡潔かつ明晰で研ぎ澄まされた文体。無駄な説明を加えず、あえて行間に空白を設けて、読む者の想像力を刺激する技巧などは、まさに一流の証と言えるだろう。もっともこの点は、翻訳者のセンスも同時に称賛すべきかもしれない。本作が2012年本屋大賞「翻訳小説部門」第1位に輝いたのも頷ける。

また、内容もよく出来ている。罪を犯さざるを得ない状況に陥った人間の心の謎や不可思議さを通して、単純な善悪の次元を超えた本質的な問題(罪とは何か、法とは何か、あるいは正義とは何かなど)について深く考えさせられるし、また、日本の裁判員制度とは趣の異なるドイツの参審制度の仕組みなども分かって、物語の興趣は尽きない。

これはミステリーというより優れた心理小説と呼ぶべき作品だろう。著者の類稀れな文才に舌を巻く一冊。