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🔴本「夜行」/森見登美彦(小学館)*作者の真の実力を見せつけた傑作*レビュー4.3点

   夜行

夜行 

深い井戸の底を覗き込むような不気味なテイストのホラー小説。これまでの作品とは全く趣きの異なる、作者の新境地を示す作品と言えるが、不気味な中にもどことなく甘美な香りが漂うあたりは、いかにも森見作品という感じがする。

【あらすじ】

10年前の夜、鞍馬の火祭を見物に出かけた英会話スクールの6人の仲間たち。そのうちの1人、長谷川という美しい女学生が、その夜、突然姿を消した……そして10年後の火祭の夜、彼女に導かれるように5人は再会する。貴船の宿でくつろぐ5人はそれぞれ旅先で出くわした奇妙な体験談を語り始めるが、それはどれも銅版画家岸田道生の連作「夜行」にまつわる話だった……。

【感想・レビュー】

大筋は、銅版画「夜行」を見たことをきっかけに悪夢(夜、死、闇といった言葉に置き換えてもいいだろう)の世界に誘われる5人の恐怖体験を描いた物語と言えそうだが、一口に悪夢と言っていいのかどうかはよく分からない。物語が進行するにつれ、時間と空間が奇妙にねじれて、夢の世界と現実の世界の境界がいつの間にか曖昧になっているからだ。読者は、そのどちらともつかない世界に翻弄され、迷宮を彷徨っているかのような錯覚に襲われる。そして、次第に夜の魔力に支配されつつある不確かな自分に気づいて、ドキリとさせられる(『世界はつねに夜なのよ』という長谷川の言葉が何とも衝撃的だ)。

岸田と長谷川は実在するのか、長谷川はどこに消えたのか、「夜行」に描かれた顔のない女のモデルは長谷川なのか、5人の体験は何を表しているのか、夜の世界に囚われたのは長谷川か大橋か……全てが曖昧なままで、最後まで答が分からない。しかし、その曖昧さがこの物語をより一層不気味なものにしているのは間違いない(本作の成功の要因はその点にあるような気がする)。ただ、この物語、若さ故の儚い感傷や一筋の光が差し込むラストに救われて、後味は不思議と悪くない。作者のそのあたりのバランス感覚は絶妙だと思う。

これまでの森見作品については(数冊読んだ程度でおこがましいが)、インテリのわざとらしいおフザケが鼻につく感じがして、正直、あまり好きになれなかったのだが、これは全く別物という気がする。洗練された上質のホラーで、完成度が高く、彼の真の実力を見せつけた傑作だと思う。