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🔴本「真実の10メートル手前」/米澤穂信(東京創元社)*本格推理の醍醐味と深い人間ドラマを高い次元で両立させた、上質のミステリー*レビュー4.1点

真実の10メートル手前

真実の10メートル手前

満願」も「王とサーカス」も良かったが、自分のどストライクは、「儚い羊たちの祝宴」。江戸川乱歩、夢野久作、中井英夫ら以来、幻想と耽美の世界を堪能させてくれる作家が意外と少ない中で、この作品は自分のツボにピッタリはまる貴重な一作だった。

【感想・レビュー】

……とは言っても、本作は、「王とサーカス」の流れを汲む短編集で、どちらかと言えば、リアリティのあるハードボイルドのイメージ。その点では少々好みから外れるが、作品自体は、いかにもこの作家らしい、精緻極まりない濃密なミステリー。

この作品集のヒロインは、「王とサーカス」の太刀洗万智。タフでシャープだが、ナイーブすぎて冷徹にも見えるこのヒロインの複雑な胸の裡が最もよく表れているのは、「ナイフを失われた思い出の中に」という短編だろう。

幼い姪を手に掛けた少年の心理を辿り、事件の真相に迫るこの短編は、太刀洗万智の人間的魅力が際立っている点で、この作品集の中核をなす一作だと思う。作中で語られる、彼女のジャーナリストとしての誠実で悲愴な覚悟は、痛々しいほどの清冽さを伴って深い印象を残す。

また、収録された6篇に共通して言えるのは、ミステリーとしてのクオリティの高さ。一見超人的とも思える太刀洗万智の推理力は、読み進めていくうちに、決して特別なものではなく、論理的思考の当然の帰結ということに気が付く。それは、米澤穂信の才気に唸る瞬間でもある。この作品集の謎解きは、数学の証明問題とよく似ている。そして、彼が示す解は、完璧な方程式と同じように、無駄がなく美しい。

本格推理の醍醐味と深い人間ドラマを高い次元で両立させた、上質のミステリー。