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🔴本「暗幕のゲルニカ」/原田マハ(新潮社)*アートミステリーの体裁の中に不戦や反戦のメッセージを吹き込んだ力作*レビュー4.1点

暗幕のゲルニカ

暗幕のゲルニカ

傑作「楽園のカンヴァス」を彷彿とさせるアートミステリー。今回のモチーフはピカソの『ゲルニカ』。いくら十八番とは言え、あえて巨匠ピカソをチョイスしたところに、この作品に賭ける原田マハの並々ならぬ覚悟が感じられる。

【あらすじ】

舞台は、第二次大戦前後のパリと、9.11テロ前後のニューヨーク。本作では、時代の異なった二つの物語が一章ごと交互に描かれ、最後は一つの物語へと収束していく。

パリ編では、ピカソの愛人ドラ・マールの視点で、『ゲルニカ』の制作秘話と『ゲルニカ』をファシストの手から守る仲間たちの勇気ある行動が語られ、ニューヨーク編では、9.11テロで夫を亡くしたMoMAのキュレーター八神瑤子の視点で、スペインで門外不出扱いの『ゲルニカ』のニューヨークでの展示を巡る陰謀や苦闘が語られる。この二つの物語を繋ぐのは、『ゲルニカ』に込められたピカソの想い。ピカソは、スペイン内戦下のゲルニカの悲劇に衝撃を受け、憎悪が憎悪を呼ぶ戦争の愚かさを糾弾すべく、絵筆を武器にして「ピカソの戦争」を仕掛けたのだった……。 

【感想・レビュー】

少し言いすぎかもしれないが、最近の原田マハは泣かせのテクニックに走りすぎの印象があったので、一ファンとしては、ここでのアートへの回帰は嬉しい限り。本作では感情表現が比較的抑えられているためか、物語の力感や読後の余韻はかえって増しているような気がする。とりわけ強く惹き付けられるのは、ピカソの人物造形とドラの心理描写。ピカソが放つ確信的で力強い言葉の数々は、孤高の芸術家のあくなき探究心と不屈の精神力をありありと想起させて思わず熱くなるし、ドラについても、ピカソへの狂おしいほどの愛と自身の芸術家としてのプライドの間で揺れ動く心の裡が克明に描かれて胸を打つものがある。

また、(今更ではあるが)絵の解釈からうかがえる彼女の美術センスにも感嘆させられる。絵心のない凡人からすれば、ピカソの絵にこれほど深く感応できるというのは、もう才能とかセンスとしか思えない(そういう意味では、芸術的センスが最も問われるジャンルは、絵画と詩だろうと思う)。やはりこのジャンルなら彼女の独壇場の感がある。些細な事ではあるが、「楽園のカンヴァス」のティム・ブラウンの再登場もファンにとっては嬉しい演出。

あえて注文を付けるとすれば、同じ文章の繰り返しが頻繁に見られるところだろうか。作者としては強調したい部分なのかもしれないが、少々クドい印象は否めない。

本作は、アートミステリーの体裁の中に不戦や反戦のメッセージを吹き込んだ力作。原田マハの未来への願いが熱く心に響く一冊。